2014年12月31日水曜日

あった事会った人 10

今年最後の“あった事会った人”です。昨年の今頃は、病院のベッドの上だった事を思うと、時のとどめ難さと同時に時が経つ事の有り難さもしみじみと感じています。11月4日、京都で建築事務所を夫婦でやっているK夫妻が当店を訪ねてくれ、ちょうど来合わせた旧友の、これまたK夫妻と我々夫婦6人で、10月末にお訪ねしたばかりの和食の店「穴井」に行きました。居合わせた先客のお二人(名前は失念)ともども、多いに飲みかつ食べて、写真の様な具合になりました。


翌5日は、高校時代からの親友Sが「遅ればせの退院祝いをやってやる」と云うので、午後3時頃から臨時休業の張り紙をして店を閉め、唐津の先の「イロハ島温泉」へ。私は初めてでしたが、三陸のリアス式海岸を思わせる入り組んだ入り江の其処此処に小さな島が点在する美しい風景を湯船の中から眺めるのは、贅沢の極みです。その後、糸島の「さるひょう家」で海のものを中心にした美味しい夕食を頂いて、彼に自宅まで送り届けてもらいました。有り難い事でした。

会場で山本教行さんと
パーティーの会場で
元民藝館職員でお世話になった三宅さんと

11月の印象深い出来事と云えば、11日に倉敷民藝館で行われた「第11回倉敷民藝館賞授賞式」および、その後の記念パーティーに夫婦二人で出席した事でしょうか。退院後初めての遠出であり、また民藝関係の旧知の人々に御挨拶も出来て楽しい時間が過ごせました。

松形恭知さんと

11月は既にご紹介の通り22日から30日まで「第1回松形恭知作陶展」を行いました。350点以上の松形作品を、一時に見せて頂くのは私にも初めての経験でした。

自宅側バス停前のヒマラヤ杉とイチョウ

12月になってすぐに出掛けた大阪•京都でもたくさんの人に会いました。「エドワードヒューズ回顧展」の会場で会った西川孝次さんと京都の建築家夫婦Kさん達とで、前から行ってみたかった大阪•中之島のリーガロイヤルホテル内の“リーチバー”に行きました。印象深かったのは、そこで使われている松本民藝家具が50年と云う時間の経過の中で好ましく変化していた事で、新しい時の固く黒っぽい印象だけしか知らなかった私にとって、目から鱗の、経験でした。

バーナード•リーチの作品
吹きガラスの窓の前で西川さんと

12月は今年最後の締めくくりの会「工芸の愉しみ師走展」を行いましたので、慌ただしく忙しい毎日でした。そんな中、頂戴したクリスマスケーキに加え、娘のいつき、孫娘の沙夜、実輪の誕生祝いのイチゴケーキも例年通り作り、これもまた例年通り私どものお腹に無事に納まりました。今年もこの一年お世話になりました。それでは、皆様どうぞ良い年をお迎え下さい。

シュークリームで出来たデコレーションケーキ
自作の誕生祝いのイチゴケーキ

2014年12月30日火曜日

百子の花日記 240

師走の花、いつもいただく宿り木と薔薇の実を入れました。

岩井窯•黒釉掛分花入れ
宿り木、椿(本阿弥)
岩井窯•白釉掛分ピッチャー
薔薇の実、アブチロン

冬のしつらえ

半年程、模様替えをせず初夏バージョンのままであった“のぞき”の模様替えをしました。今回のテーマは“名を立てぬ物の美しさ”です。この世界に縁が出来て以来、私がこれまで魅せられ続けて来たのは、先日12月の催事の際にも並べた“暮らしの道具”等にしばしば見られる“名を立てぬ物の美しさ”です。

並んでいるものは変わりばえしません
アフガン古鉢やメキシコのブリキ鏡

2014年12月13日土曜日

“工芸の愉しみ•師走展”本日初日

12月もやがて半ばが過ぎようとしています。今年は、3月31日に退院以来、8月を除いて、毎月1回の催事を行って来ました。いよいよ今年最後の月を迎えて、締めくくりに「工芸の愉しみ•師走展ー暮らしの道具の美しさー」を開催する事にしました。この会の切っ掛けになったのは、久しぶりに見たアフガンの古鉢•数十点で、うち13点を手に入れ、これを中心にして何か一つの会の形を考えたい、と思ったのです。しかし急な事とて、写真撮りも間に合わず、普通ハガキに文字原稿だけの案内状を100枚だけ作り、ごく少数の方々にだけご案内するというお粗末さでした。皆様、どうぞご容赦下さい。

さて、今回アフガンの古鉢と一緒に並べた品は、中国やパキスタン、更にタイやルーマニアのごくごく質素な焼物に帚、またキリムやガベと呼ばれる敷物類、アフリカ•ジンバブエのイララ皿大小など、私達の日常の暮らしに交わり、毎日を楽しく支えてくれる生活の道具類です。どうぞご覧下さい。案内のハガキには、12月13日から21日までと書きましたが、23日まで行います。香り高い珈琲と焙じ茶を御用意して皆様のお越しをお待ち申し上げます。

会場正面。左の壁に帚類、正面にイララ皿
棚の上部にアフガン古鉢4点
左の籠の中はキリムのクッション
パキスタンの植木鉢やメキシコの土鍋
アフガン古鉢2点

ガベの敷物やキリム類 

2014年12月8日月曜日

エドワード•ヒューズ回顧展の事

会期は明後日9日まで
美しい釉の掛かった大鉢
2006年、国展最後の出品作
今月の3日と4日に、商用で京都と大阪を訪ねました。主な目的は、昨年12月入院中の私を見舞う為、わざわざ病院まで足を運んでくれた静子•ヒューズさんへの返礼を兼ねて、大阪の梅田阪急で約10年ぶりに行われた「エドワード•ヒューズ回顧展」を見るためです。今回は、退院後初めて夜行高速バスを利用して、行きは福岡天神から京都まで、帰りは大阪梅田から福岡天神まで、それぞれ11時間半程掛けて移動しました。4日の朝、前日泊めてもらったK君夫妻と四条河原町から阪急電車に乗り、1時間程掛かって大阪の梅田阪急へ。7階に上がり、会場の美術画廊途中の「暮らしのギャラリー」前で、開催中の「西川孝次展」の主役•西川孝次さんと丹波の陶芸家•柴田雅章さんに偶然お会いし御挨拶。お二人としばらく話した後、会場の美術画廊へ。二日目とあって会場にはお客様が大勢で、静子さんとは昼食後に会う約束をして、いったん会場を後にしました。

さて、エドワード•ヒューズが不慮の事故で急逝する1年前の2005年、今回と同じ阪急梅田の美術画廊に於ける個展案内状に付けられた文章は、夫人の静子さんの適切な日本語訳のお蔭もあって、作り手の書いたものとしては稀に見る説得力のある美しいものになっています。彼の様に、自らの考えを適切な言葉で伝える力を持った作り手を、私は日本では他に知りません。以前、その事を静子さんに話した処、 イギリスでは特に珍しい事ではないらしいのです。とすれば、やはりその原因は、私達が受けて来た「国語教育」とイギリスのそれとが大きく違っている、そこにも一つの大きな理由がありそうです。2009年12月の「あまねや通信」に「美しい言葉」と云う題名で、既にご紹介していますが、再度、皆様にエドワード•ヒューズの英語で書かれた原文と、静子さん訳の日本語とを併せてご紹介致します。

 To change like a Tree ”と題された、その全文。

In a changing and uncertain world I am more than ever inspired and guided by nature and Mingei.
Living as we do in the English Lake District I am increasingly aware of the example of the trees around us, which are the same but new each year, as they slowly change in maturity and beauty.
To thrive and be healthy a tree must renew its leaves each year. Each leaf is similar but subtly and beautifully different. Each grows and finds its natural place on the tree, giving strength and vitality to the slowly changing and maturing tree.

Just as the leaves serve the needs of the tree, my pots serve the needs of everyday life. I try to make my pots as naturally as the leaves on a tree. My cups andsaucers, plates and teapots, like the leaves, seem to be similar, but each is crafted with individual care and attention, changing subtly each year as they are renewed in the service of our everyday lives.
I hope my work will mature like the great and beautiful trees around us, evolving naturally to give joy, pleasure and comfort in this ever changing world.
     
うつりかわる不確かな世界のなかで、自然と民芸に励まされ、導かれることがますます多くなりました。英国で湖水地方に住んでいるうちに、私たちを囲む樹木が意識のなかでだんだん大きな存在になってきています。木々は毎年同じでありながら、ゆっくり成熟して美しく、年ごとに新たです。 
生い繁り、健やかであるために木は毎年新しい葉をつけなければなりません。似通っていながら、一枚一枚、かすかに、見事に違って、それぞれに所を得て芽をだし、ゆっくりと成熟する樹木の力となり、生気をあたえます。 
木の葉が木の必要にこたえるように、私のやきものには日々の暮らしが働きの場、そこで私は自然に、木の葉のように作ろうと努めます。私が作るカップ&ソーサー、皿、ティーポットなどは木の葉に似て皆同じにみえますが、一つ一つ、心して作っています。日々の暮らしに役立つことでやきものは日ごとに新しく、そうして毎年少しずつ変化しています。 
周囲の立派な、美しい木々のように、私のやきものが自然に成熟しながら、やむことなく移り変わる世界のなかでよろこびや楽しさの源となり、心あたたまるものになってくれますようにと希っています。

2014年11月22日土曜日

第1回 松形恭知作陶展•福岡展が始まります

本日、「第1回松形恭知作陶展•福岡展」が幕を開けます。17日(月)に、八女•朝日屋酒店から搬入された350点近い作品を、はるかに狭いあまねや工藝店の2階会場に、どう並べるか、難しい問題でした。八女では7時間程で終わった“物ならべ”も、結局3日がかりでした。しかし、並べ終わってみると会場が狭い分、かえって松形作品の持ち味が親密に感じられる様な気がして、悪くありません。今日は、午後7時から松形さんご本人を迎えて、一品持ち寄りのオープニングパーティーを開催。どなたでもご参加頂けます。どうぞお出掛け下さい。

1階のぞきの様子
皿類•蓋物にポットやカップ
今展の大作が窓辺に並ぶ
会場正面の様子
点打ちの大扁壺が見える中庭側窓辺
今展一(と私が思う)点打ち尺鉢
道路側窓辺の様子

2014年11月15日土曜日

「第1回松形恭知作陶展•福岡展」のお知らせ


22日から30日迄、「第1回松形恭知作陶展•福岡展」が始まります。22日(土)は午後7時から、松形さんを迎えて一品持ち寄りのオープニングパーティーを開催、皆様のご参加をお待ちしております。以下、DMの案内文です。

松形恭知さんは1951年東京生まれ。いま“全力疾走”の人です。
というのは、大学卒業後、埼玉県で中学校の社会科教師として30年勤務の後、55歳で早期退職して本格的に陶芸を始めた、作り手としては遅れて来た“新人”だからなのです。とはいえ、高校在学中からデパートの美術画廊で走泥社の八木一夫や鈴木治の焼物に親しむ等、感覚的に早熟であったせいか、教職のかたわら続けた陶芸への周囲の評価は高く、’97年に国展初入選の後、’98年益子陶芸展審査員特別賞を受賞。日本陶芸展や日本民藝館展等の公募展にも入選を重ね、2006年には宮崎県国富町三名に念願の築窯。そして同年、国画会工芸部準会員に推挙され、2013年秋には東京•銀座三越の美術画廊で個展開催。また2014年の国展において、国展準会員優作賞受賞と、傍目には、その努力が着実に実を結びつつある様に見えます。しかし、ご本人にとってみれば、まだまだ先の見えない道をひたすら先へ先へと走り続けるしかないのでしょう。8月、9月の二ヶ月で4回の本焼きを行い、ざっと150種350点以上の作品を持って、今回の個展に臨みます。その成果を、皆様どうぞご覧下さい。

八女展から、尺皿や水差類
扁壺や筒花入など
ポットに土瓶
手付大鉢
飴釉櫛描7寸鉢に黄釉櫛目6寸鉢

2014年11月3日月曜日

あった事会った人 その9


9月、10月の2ヶ月間は事も多く、人にもたくさん会いました。
まず9月の第1週と第2週の月曜日に続けて、一人で映画を見に行きました。今年初めての映画鑑賞で、KBCシネマと云う天神の外れにある映画館です。上映作品は、7月に東京の岩波ホールで公開され評判になった映画「大いなる沈黙へ」と、ポーランド映画「IDA イーダ」です。「大いなる沈黙へ」は、戒律の厳しいフランスの山中にある男子修道院グランドシャルトルーズに初めてカメラが入ったドキュメンタリー映画、「IDA」は若い修道女見習いが主人公の、今時珍しい白黒映画です。

さて、「大いなる沈黙へ」は上映時間を事前に調べたつもりが、上映期間によって上映時間が異なる事などの事情もあり、なんと開始2時間も前に映画館に行くと云う不始末。仕方がないので、松葉杖をつきつつ天神の裏町を2時間近く歩き回った末に、館内に入ってびっくりしたのは、130席定員の映画館内が、同世代(60代)とおぼしき大勢の御婦人方(中に顔見知りが御二人)でほぼ満員だった事で、撮影許可が出るまでに16年掛かっただの、ナレーションも音楽もない3時間近くの映画である事だの、話題に事欠かないこの映画の人気の高さを象徴している様でした。

中で、印象に残ったのは盲目の老修道士が語る「神に過去はない、現在だけだ」と云う言葉と、映画の中に旧約聖書の中に書かれている言葉として引用されている「神は私を誘惑された」で、信仰の本質を簡潔にそして実に見事に言い当てている、と思いました。それに比べて、「IDA」は舞台は同じ修道院ながら、一人の少女の成長物語、とでも言った内容で、パンフレットの美しさに惹かれて見に行ったものの、少しく期待はずれでした。

Tさんご夫妻と
さて、9月19日(準備)から29日(撤収)までの「山本教行+plus 展」については、「あまねや通信」でご報告していますが、珍しいお客様がお見えになりました。驚きまた嬉しくもありました。
昨年11月から今年3月末まで私が入院していた際お世話になった、「粕屋新光園」のナースのMさんとリハビリ担当の理学療法士のTさん、が訪ねて下さったのです。八女まで来て下さった事も嬉しかったのですが、御二人ともに、それぞれ蓋付き土鍋を買って下さって、これも大変嬉しい思いをしました。

久しぶりの記念写真の後、飲み屋での写真
2枚の間にだいぶギャップがあります
10月に入って9日、’90年10月に店を平尾に移す際、現店舗改修の実施図面を描いてくれる等して、大変お世話になった、札幌で「フーム空間計画工房」と云う名前の建築事務所を経営している宮島豊さんが、瀬戸内の祝島から錦川を経由して(もちろん列車で)、店を訪ねてくれました。ただ、当日待てど暮らせどやってくる気配のない宮島さんを待つ事2時間、相変わらずの顔をようやく見せてくれました。当夜宿泊予定の、宿近くの飲み屋で2時間程、飲みかつ食べて、8年振り再会の博多の夜は賑やかに更けて行ったのでした。

当日、16人程の人で鑑賞
10月12日、台風19号の九州接近が報じられる中、「八女 • 民映研の映画を見る会」の第1回上映会、「越後奥三面(えちごおくみおもて) ー山に生きる日々ー」に参加する為、八女の朝日屋酒店へ細君と二人で出掛けました。今回の演目「越後奥三面」は、30年程前の1985年、友人達数人とで始めた「福岡生活学校」主催の「民俗文化映像研究所連続上映会」の記念すべき第1回上映作品で、私にとっても思い出深い作品です。内容の詳細についてはここではふれませんが、30年振りに見ても実に良い映画だと思いました。私達が現在の暮らしで無くしてしまったものが丹念に記録されていて、今こそ大勢の人に見て欲しい映画だと、改めて思いました。半年程先に、当店で上映すべく計画中です。八女で見逃された方はぜひご参加下さい。

Hさんとのツーショット、私は特に赤い顔です
10月30日。4年前の「柴田雅章作陶展」の時に初めて来店、その後おつきあいの始まった、京都在住で神社仏閣の内部に漆を塗る仕事をしているHさんから突然の電話で、いま宗像大社の仕事で宗像にいて、明日大分の宇佐八幡の仕事で宇佐に移動する前に会いたいが、都合はどうか、とのお尋ねです。喜んで会う事にして、今年8月下旬の開店前に、あれこれの品を買って頂いた今泉2丁目の和食とお酒の店「穴井」に行く事にしました。新築ビルの2階で、入り口の前には買って頂いた品の一つ、白の麻布を仕立てた一間半程の幅がある5枚仕立ての長めの暖簾が掛かり、店内も白を基調にしたモダンで清潔な作りで、食べながら飲む今夜の様な我々にはぴったりのお店でした。2時間程、あれこれ楽しく話をして再会を約し別れました。

2014年11月2日日曜日

百子の花日記 239

山本教行+plus展で花を入れました、その2。

灰釉象嵌壷 
ヌバタマ、シオン
瑠璃塩釉鎬掛花入れ
 白ホトトギス、白山菊
瑠璃塩釉扁壺 ルドベキアタカオ
 塩釉水差し ヒロハウシノケグサ
広口ミルク沸かし
 椿(西王母)
塩釉点打ち水差し 
キショウラン、シュクシア、白彼岸花

2014年11月1日土曜日

第1回 松形恭知作陶展 • 八女展始まる

会場入って右手のメインの棚。
中央に2点の大作、両袖壁に尺皿。
会場入口正面の棚。
最近の意匠、点打ちの諸作が諸処に。
会場入って右手の棚。
点打ちの大きな扁壺やポット。
会場入って左手の半閉(バンダチ)の上。
扁壺や筒の花入れ。
会場左手奥の棚。中央に大作の大皿。
下に酒器や小皿、ピッチャー類。
11月1日初日の「第1回 松形恭知作陶展 • 八女展」が、朝日屋酒店を会場に始まりました。10月31日の昼前に会場の朝日屋酒店に入り、昼食の後、展示作業を始めて午後7時頃には終了。あらかじめ、高橋さんに10ヶ口で届いた荷物の開梱をお願いしていた事もあり、350点と云う作品量の割には、早めに終わった方だと思います。
ただ、そこから夕食やワインを頂戴したりしている内に話題沸騰、会場を去り難く愚図愚図している間に、帰りの終電の時間を過ぎてしまって、とどのつまりは高橋家に泊めていただく事になりました。
さて松形さんの仕事は、案内状でもご紹介した通り、8 • 9月の2ヶ月に4回の窯を焚くと云う頑張り振りで、様々な試みの作品が並んでいます。ぜひお出掛け下さい。以下、案内状の文章です。

松形恭知さんは1951年東京生まれ。いま“全力疾走”の人です。
というのは、大学卒業後、埼玉県で中学校の社会科教師として30年勤務の後、55歳で早期退職して本格的に陶芸を始めた、作り手としては遅れて来た“新人”だからなのです。とはいえ、高校在学中からデパートの美術画廊で走泥社の八木一夫や鈴木治の焼物に親しむ等、感覚的に早熟であったせいか、教職のかたわら続けた陶芸への周囲の評価は高く、’97年に国展初入選の後、’98年益子陶芸展審査員特別賞を受賞。日本陶芸展や日本民藝館展等の公募展にも入選を重ね、2006年には宮崎県国富町三名に念願の築窯。そして同年、国画会工芸部準会員に推挙され、2013年秋には東京•銀座三越の美術画廊で個展開催。また2014年の国展において、国展準会員優作賞受賞と、傍目には、その努力が着実に実を結びつつある様に見えます。
しかし、ご本人にとってみれば、まだまだ先の見えない道をひたすら先へ先へと走り続けるしかないのでしょう。8月、9月の二ヶ月で4回の本焼きを行い、ざっと150種350点以上の作品を持って、今回の個展に臨みます。その成果を、皆様どうぞご覧下さい。