2015年5月29日金曜日

忘れられないもの1(リーチさんの贈りもの)

今年の4月から、福岡書芸院発行の冊子「たんえん」誌上に「忘れられないもの」というタイトルで連載を始めました。写真は、いつもDM撮影の折にお世話になっている“スタジオ フィデル”の藤田孝介さん。冊子「たんえん」は一部税込みで650円。ご希望の方は「あまねや工藝店 amaneyaアットマークgmail.com」か「福岡書芸院 tel 092-573-5753」迄、お申し込み下さい。

トルコのピッチャー三種
ルーマニアのジョッキ二種
持ち手の付け方の違い
「淡遠」紙上に場を設けるから何か書く様に、と云う趣旨のお申出を「福岡書芸院」主宰•前崎鼎之さんから頂戴した時、自身の身辺に散する「民藝品」、名を立てぬものの美しさを持つ品々、を先人にならって一冊にまとめる為の自分なりの第一歩にしたい、と考えました。おおよそは隔月に一回ずつ、そのつど写真に簡単な文章を付けて、ひとまずは20回位を目処にして皆様方にご紹介したいと考えています。

さて、英国の陶芸家バーナード•リーチと云えば焼物を仕事にする人や民藝の世界に関わりの深い人達はもとより、その世界に馴染みのない人たちの間にまで、広く名前を知られた世界的な陶芸家です。
そのリーチさんが、戦後間もない1953年2月から54年10月にかけて、約1年8ヶ月もの長い間にわたって、日本の各地を友人の柳宗悦や浜田庄司また河井寛次郎達と旅して廻った事は、その著「日本絵日記」(1955年 毎日新聞社刊)に詳しいところです。同書によればその旅の間、山陰から九州あるいは益子など日本の諸窯で、土地の工人達と一緒に焼物を作った旨の記述があります。それは自らの学びの為であると同時に、それぞれの土地の陶土や技法を使いながら、自らの身に備わった感覚や技術を駆使して、彼ら工人達に新しい焼物作りの可能性を探り示す事であった様で、いまだに諸処の窯でリーチさん制作の品が残されている所も珍しくありません。戦後日本の民窯にとって大恩人とも言うべき、そのリーチさんを通して各地に伝えられたもっとも顕著な技術の一つが、「ウェットハンドル」と呼ばれる珈琲カップや水差しに使われる持ち手(ハンドル)の付け方です。

写真は、トルコの水差し3点とルーマニアのジョッキ(おそらく)2点です。ルーマニアの品は最近手に入れたもので、16世紀後半のフランドルの画家ペーテル•ブリューゲルの名作「農民の婚礼」(1568年頃 ウィーン美術史美術館蔵)の絵の左下の隅に山積みになっているジョッキと形がそっくりです。興味深いのはそれぞれの持ち手の付け方に違いがある事で、トルコのものはリーチさん由来の「ウェットハンドル」そのまま。そしてそれに比べると、ルーマニアのものは持ち手の根元を指で押さえただけです。このやり方を私は初めて見ました。二つを比べて見られる様に、持ち手の部分を並べて撮りました。

2015年5月26日火曜日

第10回「西川孝次吹きガラス展」のお知らせ

17日の「山本展」終了後、「子どもの本や」販売会そして久し振りの「民映研」上映会と、立て続けの催事で少々くたびれ気味です。
とは言いながらそうも言っておられず、気を取り直して福岡では10回目になる「西川孝次吹きガラス展」のお知らせです。福岡に先立ち、京都 • せんきた工藝店では2回目の催事として、同展を6月6日(土)から2週間の予定で行います。その1週間後の13日(土)から28日(日)迄が福岡(今回は会期が長い為15 • 22日の月曜は休みです)、7月18日(土)から8月15日(土)迄が、八女 • 朝日屋酒店での開催です。三坪と狭い「せんきた工藝店」から広めの「朝日屋酒店」、そして中位の広さの「あまねや工藝店」まで、同じ西川さんの吹きガラスの仕事を「どう並べて見てもらうか」、“もの並べ”担当の私としては悩ましいところです。以下、案内状の写真と文章原稿です。

今回のDM用作品はすべて再生ガラス、大変良い出来です

西川孝次さんが、職人として技術を学んだ沖縄の吹きガラスの仕事”が、戦後、駐留米軍によって沖縄に持ち込まれた大量のコーラ瓶やビール瓶の廃瓶を原材料として始まった、事はよく知られているところです。西川さんの沖縄•知念村にある工房での仕事は、この廃瓶を元にした仕事がおもで、広島•三原の工房に於ける様々な色を使った鮮やかな彩りの仕事と違い、ビール瓶の濃い茶とコーラ瓶の浅い緑の二色の間の様々な諧調の渋目の色味で、見様によっては単調に見えるかもしれないその仕事が私は大好きです。沖縄に工房を作って3年目の
1997年の9月、三原に帰る途中寄ってくれた平尾の店先で、車にどっさり積まれた廃瓶の仕事を見せられた時の驚きと喜びは、今も忘れる事が出来ません。さて、今回DM用に送ってもらった荷物を開けて、この廃瓶の仕事が次々に出て来た時の嬉しかった事。皆さんに是非ご覧いただきたい仕事です。 西川さん在廊予定、13•14日。

2015年5月23日土曜日

「子どもの本や」販売会のお知らせ

昨22日から23日までとお知らせしていました「子どもの本や」販売会を、24日(日曜日)も引き続き行う事にいたしました。
ただ、24日はすでにお知らせしております様に、午後1時30分から予定しております民映研の「粥川風土記」上映会の為、その間はご覧いただけません。上映前の1時頃までと、上映終了後4時過ぎから後7時頃までは、選ばれた絵本や読み物を十分楽しんで頂ける様に、店内各所に様々な椅子を用意して皆様のお越しをお待ちしています。
どうぞお出掛け下さい。

昨日は見て頂けなかった右のノゾキ
赤羽末吉やマクロスキーが並ぶ展示棚
手前の「センダック」コーナーと奥のノゾキ

2015年5月22日金曜日

「子どもの本や」販売会が始まります

16回目の「山本展」が終わって間がない本日から、長丘にある「子どもの本や」7回目の販売会が始まります。今回は販売会が始まって以来初めて、店舗1階部分を使っての展示になりました。
といいますのも、昨日「山本展」で残った作品の梱包•発送を終えたばかりで、1階店内の入れ替えが出来そうにない事に加え、その1階の大きな展示棚を使うと果たしてどんな見え方が作れるか、それを試してみたかったのです。会期は2日間。翌24日午後1時30分からは2階で、“民族文化映像研究所”制作「粥川風土記(かいがわふどき)」の上映会も行われます。どうぞお出掛け下さい。

いつもは焼物が並ぶ棚に絵本が並ぶ
表表紙を見せて並ぶ絵本
玄関横の棚には岩波の少年文庫
入口横のテーブルにはセンダックの本の数々


2015年5月18日月曜日

民族文化映像研究所 制作の記録映画
「粥川風土記(かいがわふどき)」上映会のご案内

’85年に上映会をした「越後奥三面」に関する本
当時作ったパンフレット
5月24日(日曜日)午後1時30分から、民族文化映像研究所制作の映画「粥川風土記」の上映会を、当店2階で行います。実に30年振りです。’85年当時は、仲間4、5人で作った「福岡生活学校」主催で公共の場を借りた上、自分で16mmの映写機を回す場合の事も考えて、その年の夏「16mmフィルム映写機講習会」に世話人二人が参加。資格を取って、万全の体制で上映会に臨みました。いま思えば、何だか力が入り過ぎている様に思えなくもありませんが、そうやって人を大勢集めなければ、自身見る事が叶わない様な時代でもあったのです。それらのフィルムがデジタル化されDVDになって貸出料も下がった事で、現在119本ある「民映研」の作品を、少ない人数でも見る事が出来る環境が整った事が、今一度「民映研」のフィルムを見てみようと思い立った理由です。以下、案内状に作った文章です。
30年前の1985年9月に、「民族文化映像研究所」(民映研)の映画「越後奥三面(えちごおくみおもて)」を初めて見ました。新潟•山形両県の県境近くの朝日川上流に位置し、冬から早春に掛けては獣の狩り、また斧(ヨキ)や手斧(チョウナ)を使って作る丸木舟作り、熊オソと呼ばれる熊穫りの為の罠作り、ゼンマイ小屋を建て全村を挙げひと月にわたって行う春のゼンマイ採りなど、村周辺に広がる広大な朝日山地と田畑を中心とした農業を生活の基盤にした暮らしが営まれる奥三面。その集落が県営ダムの計画により丸ごと湖底に沈む事になり、失われてしまう地域の生活の様子や祭事、伝えられて来た生活技術までを、「民映研」が現地に家を借りて4年掛かりで撮影した貴重な記録映画です。1984年制作ですから、上映会当時は現在の私達が抱える社会問題の一つとして、なんとかそれを廻りの皆に知らせたい、と云う思いが私達主催者側に強くあった事を覚えています。
上映会前日、毎日新聞夕刊の文化欄に当時、学芸部の記者であった東さんが書いて下さった写真入りの紹介記事、そして当日朝の民放のラジオ番組に民映研所長の姫田さんが電話取材という形で出演して下さった事もあっての事か、福岡と北九州の二会場を併せると600人程の方々がこの映画を見て下さり世話人一同、胸をなで下ろしました。その同じ映画を、昨年11月に改めて八女で見、その後1月に「椿山(つばやま)」4月に「奥会津の木地師」など、計4本の民映研の映画を見て感じたのは、初めて「奥三面」を見た当時の私達が考えていた(私が考えたがった)様に、それらの映画が「声高に時代を告発する」為の(社会正義的)映画では実はなく、「記録」という作業を通して、地域や時代を超えた「人の暮らしのあり方そのもの」を問う視点の深さを持つものである、事にようやく気がつかされました。それが、単純に見る側である私自身の年齢の所為なのか、過ぎて来た時間の中で様々な経験(学習)をして来た結果によるものか、それは判りません。
現在、八女では「朝日屋酒店」を会場に3、4ヶ月に一度の割合で「民映研」の映画上映会を開催中です。ここ福岡でも「民映研」の記録映画を久し振りで上映したいと思い立ち、「子どもの本や」店主の井上良子さんと相談して、まず第1回の上映会を、「あまねや工藝店」2階で開催予定の「子どもの本や」販売会、5月22日(金)•23日(土)の翌日、24日(日)の午後1時30分から民映研の119本あるフィルムの内、最後の作品である「粥川風土記(かいがわふどき)」から始める事にしました。フィルムがDVD化された事により貸出料も下がり、少人数(10~15人)での上映会が可能になりました。ただ、赤字を出さずに続けて行く為もあり、会費は1回2000円にしました。少し貯金が出来たら、「越後奥三面」を皆さん方と一緒に見るのが夢です。どうぞご参加下さい。 

「第16回 山本教行作陶展」無事終了御礼

本日、16回目の「山本展」が無事に終了しました。お出掛け下さったたくさんの方々、また前日から来て頂いて「もの並べ」をして下さった山本教行さん、パーティー用に美味しい食材をお送り頂いた山本夫人の房江さんに大きな感謝を申し上げます。
そして、初日のパーティーの台所で腕を振るってくれた馴染みのIさん、京都から手伝いに来てくれたK君達、また変わらず催事を裏で支えてくれた細君の百子にも感謝します。ありがとう、皆んな。


2015年5月14日木曜日

百子の花日記 242(五月の花遊び)

端午の節句(人日の節句)。運良く菖蒲が手に入って、五月は厄よけの菖蒲とよもぎを入れる事にしました。

Eさんの花、ビルマ黄釉鉢
Hさんの花、小鹿田捏ね鉢
Oさんの花、山本教行作 灰釉縁付鉢
Tさんの花、山本教行作 黄釉縄文大鉢

2015年5月12日火曜日

百子の花日記 241(作品紹介を兼ねて)

「山本展」で花を入れました。

瑠璃釉角花入•バイカウツギ
瑠璃釉扁壺•コバノズイナ
金彩花入•ツキヌキニントウ
塩釉鉄砂輪花花入•シダ、山法師、南天、ウキツリボク
瑠璃釉面取花入•コナラ
金彩ピッチャー•タイサンボク
塩釉鉄砂耳付壷•ヤマボウシ
金彩花入•クリスマスローズ、ガンセキラン
白釉片口•ヤマボウシ
象嵌壷•フリージア、シンピジューム、デンドロビューム
塩釉ピッチャー•ソケイ
塩釉鉄砂壷•バイカウツギ
金彩花入•ツキヌキニントウ
塩釉鉄砂壷•クロタネソウ、グミ
金彩花入•バイカウツギ、グミ
象嵌花入•シダ、カモミール、アザミ
塩釉鉄砂輪花花入•カモミール、ヤマボウシ
瑠璃釉扁壺•シャクヤク


5月11日の「山本展」

見る見るうちに日が過ぎて、「山本展」3日目の5月11日になりました。昼から行きますからと仰るお客様の来店予定はあるものの、さて今日はどうなりますやら。売れて空いた場所を他の作品で埋める「並べ替え」も楽しい作業です。そんな店内の様子をご紹介します。
塩釉壷に入る花も変わりました
工房作品も少なくなり、こうなりました

同じく工房作品から
店の奥に立つ棚の中
店左奥のテーブルの上
右ののぞきの中、白釉片口とネジリ面取土瓶 
奥に白釉鉢、手前に手付鉢と瑠璃釉金彩花入
櫛描三彩小皿、赤絵飯椀、ミルク沸
花が入る塩釉ピッチャー、手前に瑠璃釉鉢

2015年5月10日日曜日

「第16回 山本教行作陶展」初日

遅くまで準備に奔走した前日の影響もあって、オープニングパーティー用の鍋釜から調味料、食材に至るまでの大荷物を車に積んで店に到着したのは、午前11時をわずかに廻っていました。すでに店の前には、いつも個展一番乗りの八代のUさん夫妻、そして手伝いのK君達が待っていました。開店準備をするうちに山本教行さんも御到着。
16回目の「山本展」の幕を、何とか無事に開ける事が出来ました。夕方からは5年振りで参加してくれた東京在のTさん夫妻や初めての参加者なども含む20人以上の参加者で、オープニングパーティーも楽しく賑やかに行われました。

会場全景
右ののぞき
左ののぞき
パーティーの御馳走
二日目の記念撮影