2017年10月24日火曜日

忘れられないもの 31 焼締と甕器の焼物 四種


昨年八月、当店DMやこの「忘れられないもの」掲載品の撮影をお願いしているスタジオフィデルの藤田孝介さんと助手の長田さんに、撮影機材一式ぐるみで太宰府の自宅へお越し願って、玄関の三和土(たたき)に古い応接卓を持ち降ろし、一坪程の玄関を臨時のスタジオにして、細々したものから大きめの甕まで、一つ或は幾つかをまとめて、全部で五十数カット撮ってもらいました。その画像を昨年の九月から連載に使い始めて一年二ヶ月。最初からしばらくは、一つのテーマに沿って括(くく)りやすいもの三•四種ずつをまとめて(例えば、甕器四種、常滑の古壷二種の様に)題名をつけ、連載を続けて来たのです。
ただ、そうやって使い進むにつれて残された画像の数が段々に少なくなり、それら残されたものをどう組み合わせ、どういう切り口で括れば一つのテーマに沿った「忘れられないもの」が書けるか、が徐々に難しくなって来ました。

前回の九月分原稿は、残された画像の中から三種の品を、資料として参照した雑誌「民藝」1970年4月号に外村先生が記事中で使われていた「雑用品」と云う言葉で括り、そこに私自身の倉敷民藝館に於ける外村先生との’72年の出会いを絡めて、何とか書き切る事が出来ました。そして、今回でようやく、最初に御紹介した、昨夏撮り溜めていた最後の画像四枚にたどり着きました。今年十一月以降の「わすれられないもの」掲載用の品々に何を選び、又いつまでこの連載を続けるかも含めて、いま思案中です。


最初に御紹介するのは、江戸末頃の品と思われる古丹波の小さめの甕(径39cm高さ35cm)です。景色(見処)と云っても、窯の中で口縁から肩に掛けて薄く降り掛かった薪の灰のみで、まことにさっぱりしたものです。しかし、器形はゆったりとおおらかで、人に例えて言えば、穏やかな人と向き合って話をしている様で、気持ちが落ち着きます。


次は、25年程前に手に入れた台湾•水理の窯の焼締大皿(径43,5cm高さ8cm)です。これも皿の縁に薄い降灰がありますが、前の小甕と違って、ハキハキものを言う働き者、そんな感じを受ける品です。
事実、この大皿は十年近くある店舗のディスプレイ用として、上に季節の野菜や果物を乗せて良く働いてくれました。


次は、持ち手のついた甕器(おんぎ)の小甕(径30cm高さ33cm)です。
表面の釉肌は紫がかった鉄釉で、表に不思議な指描きの模様が施されています。これは、人で言えば、寡黙な働き者と言う処でしょうか。


最後は甕器の大鉢(径50,5cm高さ10,5cm)です。これも手に入れて20年位になるでしょう。韓国を代表する発酵食品キムチ用の大甕の蓋などに用いられたのかもしれません。気は優しくて力持ちの、頼りになる大男と云った処です。

2017年10月2日月曜日

忘れられないもの30 雑用品三種


1970年4月発行の雑誌「民藝 」は 倉敷民藝館特集号 として、一誌が編まれています。同館館蔵品や館内の陳列写真の他、「倉敷民藝館問答」と題した対話形式の記事中で、外村吉之介(とのむらきちのすけ)先生は倉敷民藝館の特徴について、次の様に語っています。(館蔵品で、有名な李朝民画「四瞳猛虎の図」にふれて)「たしかに超国宝級のものだと思っております。しかし、ここの蒐集や陳列は、珍品主義ではなく、日用の雑貨主義なのです。誰でも何時でも時間や金子(きんす)をかけないでできる、美しいよい暮らしの標準を示したいと願っていますから」、また「かごだけの民藝館があってよいと思っているのです」とか、「民藝美論は本来雑貨哲学ですから、雑用品の健康さを知り、毎日の生活が美の現場だと知ると、そうならざるをえません」

そして更に、「•••多数の者の生活に、多数の物が必要です。それらが美しければ、社会が美しくなります。雑貨が背負っている、美の社会性の意味は大きいと思います」とも語って、「民藝の世界」に於ける「倉敷民藝館」の位置づけと御自身の立位置を、明確に、そして大胆に語っています。今回、この雑誌「民藝」1970年4月号に改めて目を通して感じたのは、’72年春の倉敷民藝館に於ける先生との最初の出会いの折、先生の話される言葉に私が強く惹かれたその理由の一半と、これまで携わって来た「あまねや工藝店」に於ける38年間の私の仕事そのものが、実は、この目に見えない道標(しるべ)とも言うべき外村先生の教えの示すままに行われて来たものであったと云う、今更ながらの強い感慨です。



今回、御紹介する三種の品も雑用品で、最初は現代中国の型ものの鉢(径26cm高さ12.5cm)です。たっぷりした大きさで強い調子のものなので、現代の日本の食卓に載せるのはなかなか難儀(これに見合う食器を用意すると云う意味で)かもしれません。


次はうってかわって、愛らしい朱漆の蓋もの(径7cm高さ4,5cm)です。白粉入れにでも使ったものでしょうか。


最後は、甕器(おんぎ)の塩辛壷(径27cm高さ38cm)です。若干生っぽい釉肌をしていますが、指描きの模様が冴えた一品です。